コンピュータ・システムのソフトウェア受託開発、来年スタートに向けて先ずは専用のWEBサイトを新設致しました
チューニング作業も進みソコソコの出来栄えになった?かと・・・
[システム開発・ソフト開発サイトのページ・リンク]コーナーを作成してアップ。関西地域(大阪・京都)で今少しの開発パワーを求めておられるなら・・当ホームページをCHECK!
2018年(平成30)~(予定・準備中)
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ソフト開発受託 を 大阪府・京都府 にて |
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コンピュータ・システムのソフトウェア受託開発、来年スタートに向けて先ずは専用のWEBサイトを新設致しました
チューニング作業も進みソコソコの出来栄えになった?かと・・・
[システム開発・ソフト開発サイトのページ・リンク]コーナーを作成してアップ。関西地域(大阪・京都)で今少しの開発パワーを求めておられるなら・・当ホームページをCHECK!
2018年(平成30)~(予定・準備中)
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ソフト開発受託 を 大阪府・京都府 にて |
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当ブログ記事に次の「副題」を付けて他からのリンク文字にしたり・・ |
WEBサイトグループ(原点:統合版メイン・ホームページ)誕生4周年に際して来し方・道のりを振り返るブログ記事「回想・考察(第1弾~第5弾)」 ソフト工務店(大阪・京都) |
現グループサイト群で最初のホームページとブログを立上げて4年が経過!当初目的を予想外に+方向に裏切った? 暫し道のりを振り返って見たい。
折しも第2の柱”ソフト開発”を立上げ早々に上々の出来栄え
先程、改めて夫々のサイトで確認したら・・
2013/08/07 最初のホームページ: (統合版)メイン・ホームページ 立上げ 何と本日が立ち上げて4年目の最終日。 愈々、明日から5年目に 2013/08/11 最初のブログ:メイン・ブログ (店長ブログ=店主ブログ)立上げ もうスグに5年目に・・
ここで第1弾~第5弾の各記事を続けてアップして投稿しますが、読みやすい様に第5弾からアップして第1弾を最後に・・
当ソフト工務店が独自に社内で自社専用に構築しサイトグループとして連携しつつサイト運営するWEBサイトは多いですネ。
ソフト工務店エネシスポート(ソフト開発・システム開発、住宅リフォーム)の運営するウェブサイトの表現スタイル?運営形態?は
SNS・・・複数有りますが更新作業は今一・・で自然と・・頂けない
ホームページ&ブログ・・多いですネ。人気の一つ~三つは(独断!そうで有って欲しい&なりたい)
その中でもオリジナル・ドメイン下で運営のサイト群は頑張って更新
下記5つのブログは結構更新しています。 主要なブログテーマ・・
旅 宿 温泉 旅館 飲食 ネット サイト 一人 高血圧 エコ リンク集 写真アルバム集 京都 青春18きっぷ 富士登山 サイクリング ハイキング ドライブ 思い出 奄美大島 徳之島 ブログ 工務店 リフォーム オール電化 太陽光発電 屋根壁
これら多くの自サイト群の中でも最新のトピックなる出来事は
住宅リフォーム業と並ぶ二本柱として立ち上げた「ソフト開発」にターゲットを絞った新設サイトの誕生です。 誰~も祝ってくれません! 目途たって担当者独りでヒッソリとささやかな誕生祝を・・・それも最安ながら、れっきとしたアルコールで乾杯!
立上げ直後から結構、順調に推移しています・・期待して良さそう。
「大阪府 社内 ソフト開発」でキーワード検索するとネット上に数多の関連サイトが有ることは対象候補サイト数を見て分かります。
この瞬時のタイミングでとの但し書き付きながら検索結果リストの上位にランクイン!
大阪府を京都府に変えたり社内を自社や受託に置き替えても似た状況が・・見られます
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住まい・暮らし 生活サイト |
メイン・ブログ (店長ブログ) |
サイト情報 拾い読みブログ |
写真アルバム |
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コンピュータ・ソフトウェア開発作業としては過去に、各地の客先やら社内でのシステム開発・ソフト制作の経験がゴザイマス
姿は違えど、考えて見ればシステム開発の一環として捉えることも可能なEDP部門での仕事(直接的なプログラミング作業も・・)や
学生時代の電子計算機向けコーディング・プログラミング
大型製造プラントの装置制御用にシーケンサー向け、ラダーシーケンススタイルでのプログラミングも・・・
その後、機種・OS・開発言語・対象分野・作業現場・客先など色々な組合わせでのシステム開発・ソフト開発を担当した経験が・・・
またコンピュータに係るハードウェア(Hardware)、ソフトウェア(Software)や利用技術の激しく著しい進化を見聞きして来たことになります。
今は「超」が付くほどのLSI(大規模集積回路)~これほどIC(Integrated Circuit 集積回路)が高密度に集積された電子回路になろうとは・・
今から思えば現在のディジタル時代の誕生”児“たるIC(集積回路)の黎明期・・当時はバイポーラ・トランジスタが大手を振って活躍中で主に米国勢の半導体メーカーによるバイポーラICが普及していましたネ。
さて更なる高密度な大規模集積化が求められバイポーラに代わる適性ある有望半導体素子としてFET(電界効果トランジスタ)に集積トランジスタ素子として注目が・・・MOS-ICの黎明期以前の誕生直前の開発段階だった
出来の悪い学生が工場実習の縁で某半導体メーカー(実態は電子部品、家電製品ほか弱電・家電、大型プラントなどの総合電機メーカー)の最先端たる開発現場にお世話になることに・・複数の候補の中から当該現場を工場実習先に選んだは、大学内での当時の電子計算機との巡り合いからだったと記憶。たまたまプログラミング対象が半導体の特性をBASIC(初期の水準)でプログラミングして関心を持った頃に東芝青梅工場での実習募集を見て・・
理解力が今一つの身で世界最先端のMOS-IC(MOSFETによるIC化)の開発現場(工場内には当時の大型コンピュータの製造ラインが・・)で工場実習でお世話に・・・単なるテスト作業のお手伝いしか・・・いずれは此のMOS-ICが世の中に登場し華々しい活躍をしようとは・・
一ケ月の予定が半月ほどに延長になった・・
大型汎用電子計算機の隆盛の後も東芝製パソコンで名を馳せた工場です。
将来性を信じて原子力産業に大きな比重を移した直後のまさかの「東日本大震災」の発生
・・未曽有の大災害が・・此れを転機に原子力産業にかけたリスクが表面化。 現時点で東芝を取り巻く環境は厳しそう・・頑張って欲しい! お世話になった思い出の工場実習の機会を与えて下さったし・・
また工場実習期間内の休日には東京都、奥多摩町日原の「日原鍾乳洞」へも見物に行けた。
因みにNET検索して「1969年7月21日05:17:40(日本時間) 月着陸船が月面着陸」なる記事を見つけました。 その日の昼休み~実習先の東芝青梅工場の社員食堂ではテレビで月面着陸の模様がニュースで流されていました。実習生の身ゆえに自由ならず遠巻きに見ていましたが・・
卒業後の就職先は別の家電メーカーでお世話になる。
新入社員全体の集合研修さらにコンピュータ要員対象の研修を経て配属されたはEDP(電子計算機利用の事務管理)部門でしたネ。
紙テープに穿孔されたプログラムで制御された伝発機(伝票発行機)で営業部門向け商品の売上伝票・資材部門向けの発注納入伝票・サービス部門向けの補修伝票などのデータを当時はIBMの80欄紙カードにパンチングし更に分類機(ソーター)なる如何にもハードウェアらしき紙カードデータの分類作業・・・今頃はデータの分類作業はコマンドやボタンで一発!便利に進化したソート機能です。
当時は何度もあった分類機(ソーター)のメンテナンス?作業も・・・
読み取り部分を流れる紙カードが詰まったり、穿孔された孔を通してブラシ(刷毛)で読み取る仕組みのハズが異常発生・・・分類機の掃除や調整作業ナリ。
さて紙テープにデータ化された一日・半月・一月間のデータはジュラルミン製のケースに収納して長期契約のタクシーに来てもらって社内の大型計算センターへ届けてもらってました。
翌朝、処理済みのレポートが届くと必要な部数を複写して各部門へ届け、また当日の発生データを作成して行く日常のルーチンワークでしたネ。 更には営業・経理・資材・サービス部門の締切・決算に併せての半月・月単位の締めデータを頑張って用意して計算機処理時間帯を計算センターと調整することに・・
今、所有し使用の一般的なパソコンのざっと100分の1位の主メモリ容量の汎用計算機でしたが計算センター配下の複数の事業部からの集中処理依頼に対応する訳だから切羽詰まった雰囲気でしたネ。
折しもオイルショックで紙材料の不足が懸念された前後の頃。照明削減、ノーカーボン伝票・用紙の普及など時代要請も・・有ったのかな
今の時代、ごく当たり前になるも意外と早くから給与振込みとなりキャッシュカードの利用も・・僅かな昼休みに離れた場所の銀行で引き出せた瞬間は不思議な感覚に。懐かしきかな?
懐かしさと言えば、月々の各部門のデータ源の準備遅れや計算機センターの処理能力も有って通常はタクシーに搬送配達を願うも毎月数日間は遅くなってタクシーでセンターへ持込・簡単なデータチェック処理結果(プルーフリスト)を確認出来てから待たせていたタクシーで深夜に帰宅することに。
また当時は労働争議の最も華々しい?激しい?時代。
入社して間もない労働組合のメンバーで有りながら、データ準備に追われた際は参加出来ず薄いカーテン越しに気勢をあげる組合集会を知ってか知らず(勿論、欠かせない日常データ作業故か労使での暗黙の了解??)、カーテンで仕切られたスペースで一人作業を続けたり・・
その後、ソフト開発現場は見聞きしたり研修受けたり・・